Japan: 2. Tohoku Region - 日本: 東北地方

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2. Tohoku Region

2. 東北地方

Aomori and Iwate Prefectures

青森県・岩手県

Aomori-Hakodate Railway Ferry 1993

青函連絡船 1993

大学3年生の夏休みの北海道旅行では、青函連絡船で青森〜函館の津軽海峡を渡った。現在私はカラオケでは石川さゆりが歌う「津軽海峡・雪景色」を歌うのが好きで、歌詞にある「上野発の夜行列車...」に文字通り乗って、翌朝青森駅で連絡船に乗り換えて北海道へ渡った。「ご覧、あれが竜飛岬、北のはずれと、見知らぬ人が指を指す。」にあるようにこの岬を見たかどうか覚えていないが、帰りもこの連絡船に乗って帰り、その時に「見知らぬ人」が「ビールはこうして黒ビールも混ぜて飲むとおいしいよ。」と恰好いいことを教えてくれて、その後はレストランに黒ビールがあれば混ぜて飲むようにしている。この連絡船は1988年に青函トンネルができて、廃止されてもうない。

Tono, Mt. Hayachine (1,914m), Hiraizumi, etc., Iwate Pref., by JR Rail & Rent-a-car, 2001

遠野、早池峰山(1,917m)、平泉:中尊寺、大船渡、釜石 2001

2001年7月に妻と初めて「JRレール&レンタカー」を使い、岩手県は遠野駅上のホテルに泊まり、早池峰山(1914m)に登り、レンタカーで東は宮古市の浄土ヶ浜、平泉:中尊寺まで行ったもの。記録には、第1日目:8:52東京-11:20新花巻・遠野・物産館(民話)・博物館、第2日目:遠野・早池峰山(1917m)・デンデラ野・コンセンさま、第3日目:遠野・中尊寺・大船渡・釜石・大槌・早池峰神社宵宮祭、第4日目:遠野・宮古(浄土ヶ浜、津軽石川)・遠野(風の丘)・16:47新花巻(東北新幹線で帰還)とある。

Kitakami City, Iwate Prefecture, and the Hakkoda Mountains, Aomori Prefecture, 2012

岩手県:北上市の夏祭り、東日本大震災被災地、青森県:八甲田山 2012

2012年8月、妻と高校時代の同級生と一緒に岩手県北上市の夏祭りを見に行き、東日本大震災被災地である陸前高田、大船渡も訪れて、そのあとワイフと青森県の八甲田山へ登りにいった。5日旅行の行程は、
    岩手県:
  • 新幹線で北上市へ行き、ホテルへ。諏訪神社で東北地方の伝統的な踊りを見て、夕方みちのく芸能まつりを見学。
  • バスで陸前高田、大船渡を訪問し、昼食は大船渡で。夕方は北上川で花火大会を見た。
  • トヨタ東日本岩手工場(小型ハイブリッド車Aquaを製造中)を見学。午後、新幹線で青森へ行き、レンタカーで八甲田山へ。
    青森県:
  • 八甲田山大岳へ登り、登りに仙人岱湿地帯を通り、下りは毛無岱湿地帯を通った。
  • 八甲田ロープウエィで田茂萢岳に行き、田茂萢湿地帯を通ってから赤倉岳に登り、午後新幹線で帰った。
東日本大震災被災地の訪問は特に心に残り、こうした津波はいま私が住んでいるところも含めて、日本のどこにでも起こり得ると思った。 (2012.08.09.)

Akita Prefecture

秋田県

秋田県はいったことがないが、鳥海山に登って、麓の湧水も見たい。秋田聖救主教会の佐藤真実司祭がリーダーで「英国教会めぐり」(2001年)に行ったのが、唯一の秋田県とのつながり。

Miyagi Prefecture

Went over the Ou Mountains and visited Sendai and Kamaishi Cities.

宮城県

仙台・塩釜。 下に書いた山形県米沢市への旅行ついでに、奥羽山脈を越えて、鳴子温泉に寄り、仙台(広瀬川と仙台城址公園)と岩手県塩釜へ行って、日帰りで米沢へ帰った。

Sendai & Matsushima, 2020

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仙台と松島 2020

山形県蔵王から山形道を経て、東北道に入り、「菅生PA」で十割せいろ(@丹誠庵、570円)で昼食、午後1時に松島の宿「一の坊」へ着く。町を歩いて無料駐車場へ行き駐車して、また町に戻って2時発の松島湾一周コースへ(50分、千円)。伊達政宗の菩提寺「瑞巌寺」の本堂のすばらしい襖絵を見学。5時過ぎにホテルへチェックイン、八百八島の湯?五大観の湯(露天風呂)。6時から夕食、8時からロビーで音楽会。10時就寝。(2020.07.29.)

木曜日は晴れ、薄曇り。6時に起床、朝風呂、7:20ごろから朝食。ロビーにあった『伊達の国をめぐる大人旅』(Kappo)で仙台を学ぶ。ホテルは作並温泉でならした高橋征太郎の持ち物で、彼が好きな藤田喬平のガラス美術館を見て、11時前にホテルを出発。水産会社がいなr塩釜港へ経て、多聞山展望広場から松島の多島海を見て、岡山の鷲羽山と似ているがあちらの方が綺麗で。そこから国道45号線を一路仙台へ向かう。

午後1時過ぎに伊達政宗が葬られた瑞鳳殿、彼の息子と孫の感仙殿?善応殿を見て、2時半には仙台駅でレンタカーを返して、全走行距離205km。駅前のよどばしカメラで買い物をして(店員は瀋陽出身者で親切)、駅弁を買ってから16:00発の「やまびこ」へ乗車、新幹線車中でIBM仲間のZoom会議に参加して、18:16に東京着。横須賀線、モノレールで、夜8時丁度に帰宅。(2020.07.30.)

Yamagata Prefecture

From Yonezawa to Sakata, down the Mogami River

山形県

米沢市から最上川に沿って酒田市へ信州時代に、聖公会教会の面倒をみている友人を訪ねて米沢市へ行き、ついでに山形県を最上川に沿って下り、山形市、山寺、最上峡(ここで「最上川舟下り」)などに寄り、酒田(土門拳記念館)までいった。

Teaching at a School in Takahata Town, Yamagata Pref. 2015

高畠町で「熱中小学校」2015

仕事時代の友人(堀田一芙)が東京・赤坂にオフィス・コロボックルを持っていて、2年前そこで『大連の春』の出版祝いをさせてもらったが、彼と山形市のNDソフトの社長が山形県高畠市の廃校になった小学校へ地元と都会の人々を招いて「熱中小学校」を開いたので、長野、直江津、新潟、坂町を経て、翌日米坂線で米沢に入った週に蔵王山の蔵王大露天風呂、上杉神社ばどへ寄って、磐梯山へ登った後の土曜日午後2時半から、様々な人が国語、算数、保健などの授業を行った中で、私は「スーパー用務員」で「近隣の諸国と仲良く」という15分模擬授業を3コマしてきた。開校式には山崎史郎さん(内閣官房ひと・まち・しごと創生本部)の記念講演があり、明治初期に「日本紀行」を書いたイザベラ・バードが山形県を訪ねて「日本は子供の教育を大切にする」と書いた話しが印象的だった。私の講演は自己紹介をして、中国でしてきた仕事を紹介して、政府が仲たがいしている間も我々は仲良くしていかなければならないことを話した。4時半から千葉大学関係の方ドローン(マルチコプター)の実演もあり、夕方6時からは近くのぶどう棚もあるレストラン「Fleures du soleil」で懇親会もあり、夜8時過ぎに高畠駅発の新幹線に乗って、2時間半後には東京駅に着き、深夜に帰宅した。私はほぼ20年前から山形県を見て来たが、こうして都会の企業を呼び寄せる多少の役にもたって幸いだった。 (2015.05.23.)

Zao Mountains in Summer, 2020

夏の蔵王へ 2020

日曜日、7月末には梅雨が終わっている予想で予約していた東北地方旅行に出かけた。雨が上がっていたのでモノレール駅まで妻と荷物をガラガラ引いて行き、東京駅9:24発の「つばさ」に乗り、乗客は各車両に3、4人。仙台行きの「やまびこ」をつなげているので、両方の動画を撮ってLINEグループで孫たちへ送った。福島で「つばさ」を切り離し、板谷峠の急勾配を超えて、米沢を通過して、東京出発二時間半弱後には山形駅に到着。駅構内の老舗・三津屋のにしんソバで昼食。JRレンタカー(トヨタVitzで、結構キズがある5万キロ、不思議なナヴィ)で1時過ぎに出発し、2時には蔵王ペンション村の宿へ到着。早速車で蔵王温泉街へ出かけ、上湯から177段の階段を登って、蔵王スキー場へ。妻が「Zaoスーパースライダー」に乗ったので、その動画も孫たちへ。酢川温泉神社へ寄ってからまた階段を下り、上湯共同浴場(濃い硫黄泉)へ入る。ペンション村へ帰り付近を散歩し、5時過ぎからそこの庭でビールで乾杯。6時からの夕食は多量の料理で、Mona(Barcelona)スパークリンワインが出て、酔っ払い気味。宿の奥さんは土地の人で、旦那は天童の人で、十年前に知り合って、この30年前に建ったペンションの4代目だという。9時には就寝。(2020.07.26.)(上山市・蔵王のペンションエプロンステージ泊) 

月曜日は蔵王のペンションで、6時起床、青空が覗く天気で、付近を散歩。8時朝食は昨晩に続いて、豪華なパン料理。そこを8時に出発し、途中Lawsonでおにぎりを買い、8:20に中央ロープウェイ(800円)で海抜1400mの高原へ。曇り空の下、展望台に寄ってから、9時半過ぎに蔵王中央高原のスカイハイクへ出発。10時過ぎに片貝沼へ、トンボが多量に飛んでいるが、すばしこくて動画は無理。目玉沼、うつぼ沼を通過して、五郎岳入口で休んで、11時に距離300mの五郎岳(標高1,413m)へ登る。そこからは大きく下り、近くに製材所の音がして、11時半ごろSangoro山荘に達し、11:40から美しいドッコ沼わきのベンチでおにぎり昼食。ここは山形から仙台へ抜ける蔵王古道が通っていたという。

30分後出発しようとしたが、雨が降るかが気になって少し足止め。12:30には蔵王スカイケーブルの終点駅から、瀧山登山道コースへ行くのを間違えて、スキー場の高鳥コースを降りてしまい、残念。昨日と同じ177段の階段を降りて温泉街を通り、1時半にはもとの駐車場へ戻り、4時間のトレッキングを終了。雨が降り出す中、蔵王ライン&エコーラインを車でお釜(火口湖)方面へ向かい、2時過ぎには蔵王坊平高原(海抜1,000m)にあるペンションへ到着し、雨宿り。

ペンションのインターネットで遊んで、鉱泉水の風呂に入ったりして、雨上がりのテラスからは飯豊山脈の雲海を遠望。6時半から夕食で、Medocワイン(Chateau Carcanieux / Cru bourgeois)のボトルを選んで、二人で持て余す。宿の主人は上山の人、奥さんは山形の人で、40年前に自分で設計して、材料を用意して建てたペンションで、冬の樹氷時期が一番忙しいという。9時頃就寝。(2020.07.27.)

火曜日は、朝から雨、雨、雨で、完全にペンションへ閉じ込められてしまった。梅雨前線の雨雲が東北地方の山形県と宮城県に停滞気味に通過しているためで、朝から晩までひっきりなしの雨で、山形県では最上川の中流で洪水が起きている。ベッドルームと広い部屋を自由に使えて、インターネットがあり、テレビもありの快適生活だが、比較的寒い日だった。部屋にあった上野千鶴子著『男ひとりさま道』はほぼ読んで、近くの石窯ピッツァはこの両日開いてないので、ペンションにソバを頼んで昼食。Wikipediaの「蔵王」になぜ「ざおう」と読ませるかは、「ぞうおう」が発音しにくいので「ざおう」になったと、いたずら書きに近い追記をした。夕食は、Coteaux Bourguignonsワイン付きにして、二人で飲み干した。10時就寝。(2020.07.28.)

水曜日は曇り、小雨・5時に起床、8時少し前に朝食、9時過ぎに出発。お釜経由の宮城県行きの県道が不通なので、まず山形県側の蔵王ペンション村へ降りてウォーングコース1000mを歩く。上山市で国道13号、11時には天童市で山形道へ入り、笹谷トンネルを経て、東北道に入り、宮城県仙台・松島へ移動

Fukushima Prefecture

Tagokura Dam, Bicycle Road Racing, Mt. Bandai and Aizu-Wakamatsu City

福島県

学生時代に地学の課外授業で、奥只見の田子倉ダムのあたりで岩石の採取などをしたことがある。どうやって行って帰ったか覚えていないが、帰りは多分会津若松へ出たものと思う。

ドロップハンドルのロードバイク(昔はロードレーサーといっていた)に夢中になっているころ、日刊スポーツ主催の白河ロードレースに出た。ゴール近くなると、あとから出発した女子チームに悠々と抜かれたので、その後ロードレースは諦めた!

1990年代だと思う、夏に子供たちとシロちゃん(犬)を連れて、裏磐梯のペンションに泊まり、五色沼や、檜原湖の西岸にある中瀬湖の周りの自然歩道を歩き、磐梯山へ登った。

日本聖公会歴史研究者の集い(11回)が2001年5月に会津若松市の東山温泉「瀧の舞」で開かれて、会津城、聖アルバヌス教会などを見学した。

Ura-Bandai, Japan, in Winter, 2005, for Nature Skiing

Ref. National Park Resort Village at Ura-Bandai Highland, Fukushima Prefecture

冬の裏磐梯で歩くスキー (2005)

中国の春節休暇で日本へ一時帰国した時に妻が予約してくれて、2月の中旬にレール&レンタカーで、東北新幹線に乗り、郡山(こおりやま)で下りて、ホンダのフィット(Fit)を借りて、途中の猪苗代湖で白鳥の写真を撮って、裏磐梯にある磐梯高原休暇村へ行って、3泊4日してきました。2日目はスノーシューを借りて銅沼(1888年に大爆発があった火口)・イェローフォールへスノートレッキング(もくもく自然塾の池田睦宏さんが案内)、3日目には歩くスキーで中瀬湖あたりを歩き(同、清水秀俊さん)、4日目はまたスノーシューで五色沼(赤沼などの小さな沼の総称)を磐梯高原(西側)からビジターセンター(東側)までスノートレッキングで歩きました(同、高橋真希さん)。裏磐梯は12年前(1992年)の夏に家族で車で行き、磐梯山登山や五色沼散策をしたところで、なじみが深く、しかし今回は真冬で連日雪が降り、もう2mの雪に埋もれていて、近くにある磐梯山が見えたのは2日目の午後遅くからと2日目の午後のみでしたが、動植物の生態を観察をしたり、パン工房ささき亭(0241-32-2824)へ寄ってお土産を買ったりして、大変楽しい冬の旅でした。(2005.02.16.)

Climbing Ura-Bandai Mountains, Fukushima, in Fall, 2014

秋の裏磐梯で登山 (2014)

2014年10月に妻と、まず初日に新幹線で郡山まで行き、レール&レンタカーでマツダ・デミオの新モデルを借りて、快晴下の猪苗代湖畔で弁当を食べて、レークラインを通って中津川渓谷に寄って(散歩道が十分整備されてなかった)、またレークラインを走りながら秋元湖・小野川湖を時々見て、檜原湖から奥に入った露天風呂付きペンションへ泊った。近くの曲沢沼で夕映えの紅葉がきれいだった。2日目は紅葉を見ながら磐梯吾妻スカイラインを走り、浄土平へ駐車して、この日も快晴下で一切経山(1949m)へ登り、頂上で五色沼(「吾妻の瞳」)を見下ろしながらおにぎりを食べ、酸ヶ平(すがだいら)の湿地帯へ下り、きれいな鎌池を経て、東吾妻山(1975m)に登る。3日目は雄子沢口(おしざわぐち)から「せせらぎ歩道」に沿って、雄国沼(おぐにぬま)へ登った。途中の紅葉とブナ林(紅葉はまだ)がきれいで、でも間もなく雲・霧の中へ入り、雄国沼休舎についたころは多少霧が晴れ出し、湖畔を反時計回りに湿地帯へ向かって歩き、でも時間がなくなり、急いで元の歩道を戻り、郡山でレンタカーを返して、新幹線で東京まで帰り、自宅へ戻った。 (2014.10.08.-10.)

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Prepared by Yoshi MIKAMI on November 28, 2004. Last update: August 16, 2020.